その日、僕たちはまぼろしだった

その日、僕たちはまぼろしだった
厚い霧に包まれた誰もいない銀河の駅で、
いつ訪れるとも知れない誰かを待っていた
シリウスを背にして青い月の上を裸足で歩き
君の見た夢の続きに入り込んで、遠い異国のシエナの土を踏んだ
夜を組み上げた時間配達人と夜の終わりを嘆き、
一本の大きな硝子の木の下にお互いの秘密を埋めた
強い風が髪をなびかせ無重力への憧れが少年の記憶に羽を与えた

いつか思い出す
どこかで思い出す

子供の頃に約束した夏
子供の頃に思い描いていた未来

その日、僕たちは秘密の記号だった
厚い雲に覆われた小さな雪の結晶のように
世界に通じる大きな暗号を抱えていた
太陽の匂いに君の面影を重ねて
けっして叶いはしない永遠に君を思った
さよならが押し寄せる
夜空を飲み込み大きくうねる波のように
君の声だけが心臓に押し寄せる
君の手のひらに包まれた硝子の小鳥のように
僕たちの世界は頑で壊れやすくて
それでいてひどく我がままだ

いつか現れる
どこかに浮かびあがる

子供の頃に夢見た場所
子供の頃に見た夕立のあとの空の透明なオレンジ

その日僕たちは大人だった
体のいい言葉を並べて
見えているはずの真実を頭の中に覆い隠した
たくさんの嘘を重ねて
打算的な受け答えに終始した
夜の哀しみをアルコールで誤摩化し
飴色細工のグラスにありふれた思い出の幾つかを注ぎ
宇宙の片隅で記憶の扉を閉めて青い月夜に鍵をかけた

いつか知る
どこかとおいとおい街に君のいた場所がある
空には星が瞬き
頬にはやわらかな風
手をのばせば綿菓子のような綿雲
気がつけば三日月に腰掛け土星の輪にかかる虹をじっと見つめている
君が望めば空を飛ぶことだって
鳥たちと話をすることだって
深い海の底でイルカの背にまたがることだって

目を閉じれば君はいつでもそこへ行ける
それはとても単純で簡単なこと
思い出す必要なんてなに一つない
本当は知っていたんだろう?
君が生まれるまえから
ずっと
世界は君と僕の心の中
まぼろしも
時間も
記憶も
かなしみも
よろこびも
さよならも